一週間にわたる奈良・京都旅行があまりに楽しかったので、感想をどこかに書きたいとずっと思っていました。その折に友人から「ブログにしたら?」という助言をいただいたので、とりあえず小分けにして記事をアップすることにします。
美術展ふたつと20のお寺。すべて書き上げるまでに、いったい何日かかるのでしょうか……。
時系列順に追っていきたいと思いますが、まずは京都で見たふたつの特別展からお話ししましょう。どちらもたいへんにおもしろい展覧会で、最終日に予定をむりやり詰めこんで、駆け込みでふたつ見てしまったのが悔やまれます。
南山城に残る名品をたどる
京都国立博物館の特別展「南山城の古寺巡礼」。6月15日まで。
京都と奈良のあいだに位置する「南山城」。この地は古代から交通の要衝として栄え、奈良時代にはこの地に「恭仁宮」がおかれました。そのため、木津川沿いにいくつもの古刹が散在しています。
この展覧会では、南山城に残る十一の古刹に順番にフォーカスを当て、それぞれの寺が所蔵する仏像・絵画・考古遺物などを展示します。
天平時代から弘仁・貞観期に、日本の仏教美術史は乾漆像と木彫双方において、技術的頂点をみることになります。そして国風文化期には、そのような完成された技術と日本独自の美学を融合させ、爛熟へいたります。その舞台となるのが、まさに奈良と京都です。
そして、今回とりあげる南山城の文化の底流にあるのは、このまったく異なる二つの地が放つ、エネルギーの波のぶつかり合いです。木津川のほとりの静かな山間で、その波は薄らいで止まり、納められた優品の数々は、そこで千年、いやそれ以上の時を過ごしました。
この展覧会で得られるのは、体系としての歴史の知識というより、むしろ仏師たちが作品に注いだ、情熱の変遷をたどる……という、とても感覚的な体験だといえます。
弘仁・貞観期の如来坐像――奈良と京都のはざま
たとえば、蟹満寺の《阿弥陀如来坐像》(平安時代・九世紀)は、きわめて明瞭に弘仁・貞観期の様式を反映しています。造立当初は、おそらく薬壺を持つ薬師の像だったのではないでしょうか……。この時期には、まだ阿弥陀信仰はそこまで流行っていませんからね。
肩から腕にかけての量感ある作風は、当時流行していた檀像風のものです。力強い造形は、室生寺弥勒堂の釈迦如来坐像などと、対比してよいでしょう。
この時期には遣唐使の手により、最新の「檀像」が中国から流入します。日本でも乾漆像から木彫への移行がすすみ、作風も檀像にあわせた、肉付きのきわめていい、ふっくらとした造形へ変化します。この阿弥陀如来像は、仕上げに乾漆を一部用いており、奈良から京都へと都が、そして造像の様式が移行する時期の、ひとつの如実な例を示しています。まさにこの展覧会にふさわしい像ですね。
しかし、蟹満寺(かにまんじ)ってかわいい名前ですよね。おじいさんとその娘をたぶらかして、求婚しようとする蛇を、娘に助けてもらった蟹がハサミで断ち切る……という、「蟹の恩返し」の伝承で有名です。乙女ゲー一本作れそうな、アツいストーリーじゃありませんか。蟹はたぶん赤髪の正統派イケメンですね。
ただ、私は蛇エンドでもアリだと思います。現代日本だと、蟹より人気出ちゃうんじゃないかな、蛇……。いや、乙女の業は深い。
慶派の四天王像が超カッコいい!
また、見ていてちょっとぎょっとしたのが、海住山寺の《四天王立像》(四躯・鎌倉時代・重文)です。像高36cm~38cmという、せいぜい「フィギュア」程度の大きさながら、その造りこみは圧巻のひとこと。彩色もきわめてよく残っており、四天王像を見るときのお手本として最高です。
この四天王像には、どうやらオリジナルがあったようです。快慶の工房作で、なんと置かれていたのは東大寺の大仏殿。像高は四丈三尺(13メートル)!あの東大寺南大門の金剛力士像ですら8メートル強なのですから、いかにすさまじい像だったかがわかります。
大仏・虚空蔵菩薩・如意輪観音の三体ですら圧倒されますが、そのうえそんな巨大な四天王像までいたら、正直、めっちゃ怖い。若干巨像恐怖の気がある私は死んでしまいそうです。
四天王は帝釈天(=インドラ)に仕える四体の神で、東西南北を守護します。顔の色もそれぞれ方角に合わせて決まっています。東(=青春・青)は持国天、南(=朱夏・赤)は増長天、西は(=白秋・白)は広目天、北(=玄冬・黒)は増長天/別名毘沙門天 の担当です。このへんは設定として決まっていても、剥げてしまっている場合がほとんどで、実際に見られたのはこの像が初めてでした。
くだくだ説明するより「百聞は一見にしかず」というのが、仏教美術のいいところ。四体をぐるりと回って見たほうが、説明よりずっと手っ取り早いです。
しかし、東大寺は戒壇院や法華堂にも、きわめてすぐれた四天王像が残っていますが、大仏殿にもそんなダイナミックな四天王像を造っていたのですね。っょぃ。ポケモンだったらチャンピオンに辿り着く前に心が折れます。
なんだか関係ない話になってしまいましたが、そのように奈良・京都(あるいは鎌倉!)の仏像がもつ様式というものを、他の作例と非常によく連関したかたちで保存しているな、というのが、この展覧会を総合しての所感です。国風文化期にもなれば、明王像ですらどれも穏やかなお顔付きだったりして、とてもおもしろいです。
あと、やっぱり写真や説明を見ていて、実際に現地に足を運びたくなりました。浄瑠璃寺のインパクト抜群の九体阿弥陀像などは、やはりお寺で空間ごと味わう必要があるなあとしみじみ。一週間いろんなお寺を見て歩きましたが、あと三日欲しかったです。
三日あれば、このあたりにも足を伸ばせたのにな……。いやはや、視線への尽きぬ欲望の世界は恐ろしい。
☆特別展「南山城の古寺巡礼」@京都国立博物館
4/22(火)~6/15(日)
9:30~18:00(金曜日は20:00まで)
休館日:月曜日
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